五胡十六国時代 前燕の落日㉟ 四代目慕容暐 ~前燕滅亡への道~ 前秦の前燕への侵攻:「潞川の戦い」慕容評の大失敗

中国史

こんにちは。

前秦が前燕に攻め込み、壺関と晋陽を陥落させたあと、鄴から進行してきた前燕軍30万と潞川の地で対峙しました。

その対峙中に、総司令官・王猛と前秦No.1猛将の鄧羌が、おもしろショートコントを行います。

軍法違反を侵した徐成を処断しようとした王猛を、鄧羌が諌めるも聞く耳もたない王猛に鄧羌がブチ切れて、前燕軍を攻める前に王猛を攻めてしまおうとし、焦った王猛が全部お見通しのていで、鄧羌の訴えを聞き入れる的なコントです。

王猛の「先を見通していた」(王猛すげーぜと思う私も今回の「見通し」には「?」をつけたいw)処置のおかげで事なきを得て、「潞川の戦い」本番に向かいます。

 

赤枠を拡大した地図が下記

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潞川

さて、前秦と前燕が対峙した潞川ですが、資治通鑑の胡三省注には、

潞川は上党の潞縣の北にある。潞水はすなわち漳水なり。冀州にそそぐ。

とあります。

漳水は前燕の都・鄴の近くを流れる川です。ちなみに、鄴がある場所は現在の中国では臨漳県といいます。漳水に臨む土地という意味でしょうね。

その漳水を上流にさかのぼり、太行山脈を超え并州(今の山西省)に入った部分での川の名前を潞川と当時は呼んでいたようです。

中国歴史地図集だと、この部分の川の呼び名は「濁漳水」となっています。

慕容評は、鄴から進行し、太行八陘のうちの「滏口陘」を抜け長治盆地に入る少し手前のところにある潞川を前線として布陣しました。

史書には潞川まで来たところで、王猛の晋陽攻略の報を聞き恐れをなして潞川の線でとどまったと書いてあります。

たしかに、王猛が晋陽に赴いている間に、前秦に制圧された上党郡を取り戻していたら今後の戦況は変わった可能性もあります。

ただし、王猛も上党郡の中心・壺関の守備を、名将・苟萇にまかせていますので、一筋縄では取り戻せなかったとは思います。

この「潞川の戦い」において、前秦が前もって壺関を中心とする上党郡や晋陽がある太原郡をおそらくは面で抑えていたことが、かなり重要になってきます。

慕容評の戦略

一方、30万におよぶ大軍を率いて潞川のほとりに布陣した慕容評ですが、この大ケチジジイの戦略はこうでした。

関中から遠く離れた地に遠征してきて前燕領内に深入りしてきている前秦軍を、持久戦で枯れさせ、撃退する

です。

こう書くと、なにやら慕容評冴えてるじゃんとか思いそうですが、慕容評の軍の運営や実際の行動は、この戦略にまったくそぐわないものでした。

ドケチじじい慕容評の大失敗

さて、持久戦という戦法を取り潞川に布陣した慕容評ですが、元来のドケチ気質を遺憾なく発揮してきます。

陣近くの山と泉を封鎖し、持久戦に必要な焚き木や水を独占し、それを売りさばくことで利益を得て、銭や絹織物などを山のように積んだようです。

これには、前燕の兵たちも不満を大いにいだき、軍の士気が一気に下がりました。

これを聞いた王猛は笑いながらいいます。

「慕容評はまことの愚物よ。この無能ジジイがたとえ億兆の兵を率いていても恐るるに足りぬわ。ましてや、数十万の兵しか率いてないならなおさらよ。まちがいなく慕容評のケチくさ愚か者ジジイを破ってやるわい。」(意訳含む)

これは6万で前燕国内に攻め込み、そして晋陽や壺関にも守備兵を割いているでしょうから、3~4万程度で30万の前燕軍に相対する状況での王猛のセリフです。

王猛にはよほど慕容評が愚かに見えていたのでしょう。

そして、王猛は游撃将軍・郭慶に騎兵5000を率いさせ夜に密かに出撃させます。郭慶は間道を抜け慕容評の陣の後方に出て、なんと前燕軍の兵糧を焼き払ってしまいます。

慕容評の持久戦法の破綻部分が多すぎる(;´д`)

前秦が遠征して来ていることから、慕容評は持久戦を選択しました。

しかーし!

●生来のケチで欲深い性質から物資の独占、販売による利益搾取を行い、自国から遠く遠征して来ている前秦軍より先に自軍の士気を大いに下げてしまう。

●持久戦を行おうというのに、自分たちの兵糧をあっさり焼かれてしまい、逆に兵糧攻めにあうんじゃねえかという状況にしてしまう。

と、自軍のほうが持久できなくなりそうです。

さらに言えば、遠征してきている前秦軍をみて持久戦を選択したとは言え、

前秦は、そもそも黄河を渡った河東郡を領土としており、兵站線がそこまで細くないと思われます。しかも王猛は前燕侵攻後、壺関、晋陽と并州の重要拠点を抑えつつ、壺関がある上党郡内の県を降伏させ面で抑えていますので、河東郡→上党郡への輸送も支障ないようにしていたのでしょう。

さらに、出陣時に苻堅様が高らかに宣言していたように、水陸両方から兵糧を送り込み王猛の後顧の憂いがないようにしていたようですので、持久戦をされても前秦軍は当面痛くも痒くもない状況であったのではないかと思われます。

おそらく慕容評は、そういう万全の体制を取ってきている前秦軍の内実など調べずに持久戦を取ったのではないかと思われます。

何度もいいますが、慕容評は一将軍として戦うのであれば優秀な人物だったと思います。しかし、大軍を率いる総司令官としては、選んではいけない人物だったのでしょう。しかも年取ってからはケチで欲深い性格が増幅していたのでしょう。

このような慕容評の失敗があり、それに対し皇帝・慕容暐がめずらしくお怒りになることによって、前燕崩壊へ待ったなしになります。

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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)

川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』『資治通鑑』

 

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