前趙

中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 前趙(漢)①

五胡十六国時代 三国志の時代が、曹魏を継いだ西晋の天下統一で終わり、平和の時代が訪れたと思われましたが、その西晋の統一からわずか30年経たないうちに、天下は乱れます。 そして、異民族国家の勃興を含めた中国史上でも最大級の戦乱の時代、五胡十六...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 前趙(漢)②劉淵の台頭

八王の乱がはじまり、成都王司馬穎の兵力として目をつけられる 南匈奴五部を束ねる五部大都督に任命されていた劉淵ですが、八王の乱が始まると、八王の一人、成都王司馬穎がこの劉淵に目をつけます。西晋の王室司馬一族は当時、権力を握るために中国内地、周...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 前趙(漢)③ 劉聡の進撃と西晋の滅亡

漢(前趙)の跡目争い 前趙(漢)の建国者劉淵が病により亡くなったあと、息子の劉和が跡を継ぎます。 劉和は権力を固めるため兄弟を廃そうとするのですが、弟の劉聡が逆にクーデターを起こし、劉和を殺し自分が即位をします。 劉聡の進撃→洛陽攻撃 劉聡...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 前趙(漢)④ 前趙の混乱~劉曜の即位

前趙(漢)国内の乱れ 316年11月、長安を落とし、愍帝はじめ西晋の朝臣を平陽に連れ去り西晋を完全に滅ぼした前趙(漢)は名実ともに華北の覇者になりました。しかしこの頃には前趙(漢)内には、いくつもの矛盾や問題がはらんでおり、破滅への道を進ん...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 前趙(漢)⑤ 前趙の滅亡

劉曜の即位と石勒の独立 劉聡が死んだあとの政変と内乱をおさめた劉曜が即位し、319年4月長安に遷都し、国号も今まで名乗っていた「漢」から「趙」に変更します。このあと11月に東方で石勒が起こす「趙」の国と区別して、この「趙」を「前趙」と呼びま...
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石勒 五胡十六国時代の黒き英雄王 第二部「漢の将軍として戦う」④ 309年~310年 劉淵の死

こんにちは。 劉淵の漢は、劉聡を中心に南方方面の経略を進めていき、石勒を中心に東方方面の経略を進めていきました。 そして、南方方面では、劉聡率いる漢軍の主力が、晋の帝都・洛陽への攻撃をいよいよ開始しました。 しかし、この洛陽攻撃は第一次、第...
石勒

石勒 五胡十六国時代の黒き英雄王 第三部「石勒の河北争奪戦」⑨ 317年~318年 司馬睿の即位と漢の内乱

こんにちは。 河北で勢力を広げていた石勒は、316年に晋の残党勢力の一人・劉琨を攻撃します。 劉琨も今はなきマブダチ・拓跋猗盧の残党軍を使い迎撃しますが、石勒の前に敗退、劉琨が治めていた并州北部のエリアは石勒に降っていき、劉琨は段部の段匹磾...
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