私は旅行や仕事などで、地方に行ったとき、そのゆく先々で城があった場所を訪ねています。
それは立派な天守閣や石垣などが残っている城跡もあれば、山城で土塁や縄張りがはっきりわかるような城もあります。
しかしそのような城以外で、「ここに城があったのだけど、今は市街地に埋もれて跡形もない城跡」を巡るのも好きです。
いや、ほんと城があった痕跡は何もないのですが、そこに城があったと想像するだけでも楽しいのです。
そんな「跡形もない城跡」の中でも沼津城はなかなかの跡形ないっぷりです。
沼津城の生い立ち
沼津城は、前身を三枚橋城といい、武田勝頼が、北条氏の戸倉城に対抗して築城しました。その後、関ヶ原の合戦が終わったあと1601年に徳川の大久保忠佐が城主になりましたが、1613年大久保忠佐が死んだあと、跡継ぎがいなかったので大久保家は断絶になります。三枚橋城も1614年に廃城になってしまいます。
そのあと、160年間この地には城がない状態でしたが、1777年、のちの老中水野忠友が沼津の地に領地を与えられ、沼津城を作りました。
沼津城は三枚橋城の北半分を利用して築城されました。
沼津駅から南に狩野川に向かい、狩野川にかかるあゆみ橋の手前にある中央公園の付近に本丸が建設されました。
な、何もない
中央公園は、まったくもって現代のこじんまりとした公園であり、ここに城があったなど感じることができない場所です。
「沼津城本丸址」という石碑のまわりに、申し訳程度に石が置いてあり、それが三枚橋城当時の石垣として使用されていたものだそうで、ほぼほぼ唯一の遺構(遺物)のようです。
現代の市街地との重ね図を見てみると、外堀、内堀を備えた、かなり立派な城に見えます。
現在も残っていたら、相当な観光資源になっていたことでしょう。
しかし今やそこに城があった痕跡がほぼない立派な「跡形もない城跡」として存在感(?)を放っております。
日本全国、このような城はたくさんあると思うので、そのような城を意識して回ってみるのも一興でないかと思うのです。
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