五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜㉒ 427年~428年 北魏と夏が停戦

北涼・沮渠蒙遜

こんにちは。

夏は、西秦が北涼を攻めている隙をつき、西秦国内に侵攻していき、国土を蹂躙するほどのダメージをあたえます。

ところが、夏の主力軍が遠征をした隙に、今度は北魏が夏国内に3路より侵攻し、統万城への攻撃と、関中への侵攻を進めていきます。

この一連の攻撃により、夏の首都・統万城は陥落、夏の君主・赫連昌は上邽に逃げていきます。

また、関中に関しても長安が北魏の手に落ちます。

長安に関しては、赫連定が長安に迫り、北魏の駐留軍と対峙する展開になります。

このあと、北魏vs夏の戦いはどのようになっていくのでしょうか?

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北魏vs夏の関中攻防戦

北魏軍が夏の首都の統万城を落としたころ、関中エリアではなお夏軍と北魏軍が戦っていました。

長安の街は、蒲阪から関中に入った、奚斤が占領・駐屯しており、夏の赫連定がこれを取り戻そうと対峙していました。

その後、赫連定は、北魏の別働隊が隴右エリアを狙っているということと、統万城がすでに北魏の手に落ちたことを聞き、長安を捨て、上邽に退却しました。

この時点で、北魏の太武帝は一度関中攻略軍を引き上げさせようとしましたが、司令官の奚斤は、この機に夏を滅ぼすべきだと、増兵を太武帝に請います。

太武帝は一度は却下しますが、奚斤がしつこくお願いしてくるので、ついにこれを許します。

こうして北魏の関中攻略戦は継続になるのですが、これがそのうち、ジリ貧になっていきます。

はじめのうちは調子よく進みます。

まず、夏の君主・赫連昌を上邽から平涼へ退かせることに成功します。

その後北魏軍の軍馬が不足し、夏の反撃を受けながらも、奚斤の副将たちの活躍で夏の君主・赫連昌を捕らえることに成功します。

この報を受けた夏はすかさず赫連定が平涼で跡を継ぎ即位します。

ちなみに、捕らえられた赫連昌は平城に連行されますが、太武帝にえらく気に入られます。

北魏軍は順調に見えましたが、司令官の奚斤が自分が動かないあいだに部下が手柄をあげてしまったので、焦りまくります。

そして、わざわざ輜重を捨て、3日の食料を兵にもたせ、夏の新君主・赫連定がいる平涼に攻撃をしかけようとします。

しかし、赫連定により挟撃され北魏軍は壊滅、奚斤をはじめ北魏軍の将軍はことごとく捕らえられてしまいます。

夏はこの勝利に乗じて、長安を再び奪い返すことに成功します。

この関中攻略軍の大敗を聞いた北魏の太武帝は大激怒し、関中から蒲阪まで逃げて帰って来た丘堆という将軍を処刑します。

このあと、夏の君主・赫連定は北魏に講和の使者を送り、ひとまず北魏vs夏の戦役は終了します。(ひとまずですよ)

こうして、北魏と夏の華北西部を領土とする大国同士の戦いは北魏が大幅に領土を増やすという結果になります。

こうしている間に、西秦の君主・乞伏熾磐が死去するという出来事が起こります。

この報を聞いた沮渠蒙遜は動き始めます。

【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)

川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』『資治通鑑』
来村多加史『万里の長城 攻防三千年史』 (講談社現代新書、2003年7月)


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