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慕容評の権力下にあって前燕は、桓温率いる東晋の北伐によるダメージ、慕容垂一族の前秦への出奔、慕容垂に近い臣の更迭、国内の社会矛盾、識者の意見を聞かずの国防の備えの怠り、などによる失政が続き著しく国力を落としていました。
そのような、前燕の状況を見ていた前秦の苻堅様&王猛の人傑コンビが、このチャンスを逃すわけがありません。
370年3月に長安近郊の灞上を出陣した王猛率いる前秦軍6万は前燕領内へ侵攻します。
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前秦の前燕攻略の戦略
前燕に侵攻した前秦軍の戦略は以下のようになります。
●洛陽方面からでなく、黄河渡河が容易な蒲坂から河東郡→平陽郡を進み、前燕領の并州に侵攻する。
●并州の長平郡(中心都市は壺関)と太原郡(中心都市は晋陽【今の太原】)を攻略する。
●長平郡と太原郡を攻略後、太行山脈を抜ける峠道「太行八陘」の滏口陘と井陘の2陘を通り、華北平原に進出し鄴を目指す。
●苻堅様は、数万の兵を率いて後詰の軍として後から続き、兵站も万全を帰して、王猛のサポートを行う。
そして、最後の最後で爽やかに戦場に登場し前燕にとどめを刺す。戦後処理も「全族皆兄弟。慈悲に満ち溢れた対応。俺かっこいい」的なことを行う予定。
この戦略に乗っ取り、まずは壺関と晋陽に攻めかかります。
前秦軍の壺関・晋陽攻撃
前秦は、王猛自ら率いる軍が壺関を攻め、将軍・楊安率いる軍が晋陽を攻めます。
この時代の并州を含めた、今の山西省のエリアは、いくつもの山脈が省内を走り、山の間に盆地が存在する地形です。
前秦軍が黄河を渡りまず上陸した蒲坂がある河東郡は、現在の「運城盆地」が広がり、その北の平陽がある平陽郡は「臨汾盆地」がひろがります。
前秦郡は、河東郡→平陽郡と盆地エリアを進軍します。
王猛率いる軍は、おそらく臨汾盆地から山地を東に横切り現在の「長治盆地」に入り、上党郡の主要都市・壺関の町を攻めます。
一方、楊安率いる軍は、太岳山脈の西の山地を北上し、現在の太原盆地に入り、晋陽の町を攻めました。
前燕軍出陣と慕容暐の憂鬱
さて、并州に侵攻された前燕ですが、スルースキルの天才・慕容評もさすがにこの状況でスルーはできません。
8月に慕容評自ら30万の精兵を率いて前秦軍に対抗するため鄴を出陣します。(晋書だと40万になっていますが、ここでは資治通鑑記載の30万にします。)
国難のときとはいえ、すぐ30万の兵を収集できるのは、さすが華北東部を制する大国なだけあります。
というか、前秦は6万の軍勢で攻めてきており、明らかに兵力差に差があります。この兵力差で大丈夫なのかと思ってしまいますが、王猛としては前燕の内情を調べ上げており、まったく問題なしと考えていたのでしょう。
さて、前燕皇帝・慕容暐は、前秦の侵攻を受けている状況に憂鬱だったのでしょう。散騎侍郎・李鳳、黄門侍郎・梁琛、中書侍郎・楽嵩の3人を呼んで状況を聞きます。
「秦の兵力は少ないと聞く。我らはすでに大軍を発しこれを迎え撃とうとしている。秦は本当に戦う気があるのだろうか?(実は戦う気がないんじゃないのかな?あまり心配しなくていいよね?)」
それに答えてまず李鳳が答えます。
「秦国は兵は少なく弱小で、王師(前燕軍)の敵ではありません。景略(王猛のこと)の才能は普通程度で、太傅(慕容評)に比ぶべくもありません。憂う必要なんてありませんよ。」
まったくのおべんちゃら野郎です。
それに対し、梁琛と楽嵩はこう答えます。
「勝敗は謀略の多さで決まります。兵の多い少ないではありません。秦は遠方よりわざわざ攻め込んで来ているのです。どうして戦わずに兵を引くことがありましょうか。我らにできることは謀略のかぎりを尽くして勝利を引き寄せることです。できれば戦わずに事を収めようなどと考えてはいけません。」
この回答に対して慕容暐は喜ばなかったとありますが、このあとの行動をみると、まるで意見を容れなかった訳ではなさそうです。しかし、軍を率いていったのは、完全に劣化したか、全軍の司令官としては能力不足であった慕容評でした。
王猛、あっというまに上党郡を平定する
前燕の援軍が鄴を発し、并州に進軍してきていますが、王猛は前燕軍が到着する前に、壺関を陥落させ、前燕の上党太守で南安王の慕容越を捕らえました。
そして、あっという間に軍を上党郡全体に兵を進め、上党郡を平定します。
この報に対し、前燕国内は大いに震え上がります。
壺関を含めた上党郡というと、前燕の首都・鄴と太行山脈を隔ててすぐ西にある郡です。太行山脈の壁があるとは言え、首都にすぐ襲いかかれる絶対国防圏のエリアを平定されたのですから、前燕国内の動揺もわかります。
さて、壺関を落とした王猛ですが、別軍として晋陽攻略に向かい苦戦している楊安の援軍に向かいます。
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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)
川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』『資治通鑑』
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