中国.歴史.洛陽

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五胡十六国時代 前燕の落日⑥ 四代目慕容暐 ~慕容恪の死~

こんにちは。 前燕は、365年、慕容恪の指揮のもと中原支配のシンボル的な存在でもあった洛陽を陥落させることに成功します。 洛陽は、西晋の時代に永嘉の乱の勃発により、匈奴出身の劉淵の建てた漢(のちの前趙)により奪われて以来ずっと華...
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五胡十六国時代 前燕の落日⑤ 四代目慕容暐 ~中華の都・洛陽を手に入れる~

こんにちは。 前燕の実権を握る慕容恪は、河南方面の経略を進めていきます。 まずは、野王に割拠状態であった呂護の討伐を行います。野王は、今の河南省の沁陽市です。河南省に属していますが、黄河の北にあります。洛陽盆地からみてちょうど北...
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五胡十六国時代 前燕の落日④ 四代目慕容暐 ~野王の梟雄・呂護を討伐~

こんにちは。 慕容暐が前燕の皇帝として即位したあと、慕容恪、慕容評とともに、先帝慕容儁から慕容暐のことを託された一人、慕輿根が実権を握ろうと暗躍しはじめます。しかしその企みはことごとく失敗に終わり、最終的には誅殺されてしまいました。 ...
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五胡十六国時代 前燕の落日③ 四代目慕容暐 ~慕輿根を誅殺し、慕容恪体制固まる~

こんにちは。 前燕の三代目慕容儁が360年に死去し、4代目の慕容暐が即位しました。 慕容儁の時代に、前燕は遼東・遼西エリアより中原に大侵攻を開始し、華北東部の大部分に覇を唱えるまでに勢力を築きました。 しかしその支配はまだ...
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五胡十六国時代 前燕の落日② 四代目慕容暐 ~慕容暐即位時の周辺勢力の状況~

こんにちは。 前燕は、慕容廆から数えて四代目の慕容暐の代に入りました。 慕容廆→慕容皝で遼東・遼西の制覇。 そして、慕容儁の代に中原への進出&華北東部の大部分を制圧と、一気に勢力を伸ばして来ました。そして、慕容儁が病でなく...
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五胡十六国時代 前燕の落日① 四代目慕容暐 ~慕容暐までの前燕の軌跡~

こんにちは。 しばらく空いてしまいましたが、五胡十六国時代、慕容部が建てた国・前燕について続きを書きます。 前回までに、慕容儁の時代までを書きました。 ここからは、「四代目」にあたる慕容暐の時代を書いていきます。 は...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑲ 山西エリアを制圧

こんにちは。 前燕は、中原の大都市・鄴へ遷都し、いよいよ中原を支配する勢力として存在感を増して行きます。 五胡十六国時代のおおまかな流れはこちら 五胡十六国時代を含む、魏晋南北朝時代のおおまかな流れはこちら 後趙の残党勢...
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中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑰ 慕容恪の広固攻略

段部の段蘭の息子段龕は350年に後趙が混乱しているあいだに、青州(山東エリア)に部人たちを率いて南下していき、広固という街で割拠し、斉王を名乗ります。そして、健康に使者を送り、服属をします。 前燕が、鄴を落とし、河南方面へ経略を進める...
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五胡十六国時代のきっかけとなった八王の乱について④ ~乱の終息とその影響~

西晋王朝を死に体にした八王の乱ですが、乱も終盤戦に入ってきます。 まず、八王の図です。 八王一覧 ①楚王・瑋(恵帝の弟) ②汝南王・亮(司馬懿の子ども、司馬師・司馬昭の弟) ③趙王・倫(司馬懿の子ども、司馬師・司馬昭の弟) ...
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五胡十六国時代のきっかけとなった八王の乱について① ~乱以前の歴史と西晋王朝の混乱~

五胡十六国時代は、その名のとおり、華北において5つの異民族が十六の国を乱立した(実際にはもっと多い国数)という時代でした。約100年前からはじまる三国時代よりも激しい戦国乱世だと言っても過言ではありません。しかしそのような時代に突入したのに...
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