五胡十六国時代 前燕の落日② 四代目慕容暐 ~慕容暐即位時の周辺勢力の状況~

慕容恪時代

こんにちは。

前燕は、慕容廆から数えて四代目の慕容暐の代に入りました。

慕容廆→慕容皝で遼東・遼西の制覇。

そして、慕容儁の代に中原への進出&華北東部の大部分を制圧と、一気に勢力を伸ばして来ました。そして、慕容儁が病でなくなって、息子の慕容暐が跡を継ぎました。

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慕容暐即位時の他地域の状況

慕容暐が即位したときの中国の他地域の状況はどうだったのでしょうか。

西晋が滅亡&五胡十六国時代の幕開けしてからこの時代まで40数年たっており、その間、いくつもの勢力が勃興・滅亡してきました。

前燕の中原進出

華北では、一度石勒率いる後趙が華北統一を成し遂げましたが、石勒死後、石虎時代の暴政(話盛られた感もあり)や石虎死去後の冉閔ハッスルしての後趙の大混乱が起こり、華北東部では、遼西エリアからの前燕の侵攻が起こります。前燕は冉閔が建てた冉魏を滅ぼし、中心都市・鄴を手に入れ華北東部を制圧していきます。

前秦の関中での建国

そして、後趙混乱のあいだ、氐族の集団が関中(長安付近)に移りここで自立して、前秦を建国します。その後、関中を中心に華北西部に勢力を伸ばしていっているところです。

東晋の巴蜀攻略と北伐

華南では、引き続き東晋が支配していましたが、347年に、桓温が軍を率いて巴蜀に攻め込み、304年以来巴蜀を支配していた成漢を滅ぼします。これにより華南は、建康がある長江下流域から、成都がある巴蜀・長江上流までを東晋が支配することになります。

東晋は、北伐を何度か試みます。殷浩という当時の実力者(本当に実力があったかは疑問)が北伐を行いますが大失敗します。その後も山東エリアや河南に進出しようとする動きがありますがうまくいきません。

そして、真打ち桓温が北伐軍を発して、まず関中への侵攻を行いますが前秦の抵抗にあい一旦退却します。その後再度北伐し、洛陽の奪還に成功します。

以上のような各エリアでの動きがあり、中国の主要部分は、

華北東部が前燕。

華北西部が前秦。

華南が東晋。

と、三国鼎立の時代を迎えるのでした。

辺境の勢力たち

ちなみに上記三国以外にも、辺境エリアにはいくつかの勢力がありました。

西域につながる涼州エリアには、前涼が五胡十六国時代当初よりその地を支配しており、

塞北エリア(今の内蒙古自治区以北)では代が跋扈していました。代は鮮卑拓跋部の国で、のちに北魏となり、華北を統一し五胡十六国時代に終止符をうつ国です。(その前に一回滅亡しますが)

あと、おまけといったら怒られますが、甘粛省成県あたりに楊氏による前仇池という国がしれっと存在しています。

このような中国の状況のときに、慕容暐は華北東部を制圧しつつある日の出の勢いの前燕の皇帝に即位しました。

前置きがものすごく長くなりました。次こそ慕容暐について書いていきます。

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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)
川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』

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