五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜⑨ 北涼 vs 南涼1 南涼の姑臧獲得

北涼・沮渠蒙遜

こんにちは。

淝水の戦い後、河西回廊の盟主としてこの地を支配していた「老舗国家・後涼」が403年にその17年の寿命を終え後秦に降伏、滅亡しました。

これにより、河西回廊周辺の勢力関係は新しい展開を迎えることになります。

後涼の故地・姑臧周辺は後秦が抑え、河西回廊に引き続き影響力を及ぼしています。しかし、その後秦も前年の402年に北魏との「柴壁の戦い」で大敗し、もう一方の華北の超大国・北魏との力関係が逆転しはじめていました。

南涼は兄の禿髪利鹿弧から君主の座を引き継いだ禿髪傉檀が、その軍才で姑臧の獲得と勢力拡大を目論んでいます。

また、後秦に降伏し、その武将の一人として一軍を率いる元西秦の乞伏乾帰も、後秦支配下ながら自勢力の力を蓄えているようです。

そして北涼の沮渠蒙遜も配下の武将が西涼に降ったりし、かなり苦しい状況の中、河西回廊周りの勢力関係を見極めつつ、姑臧へ侵攻したりと勢力を維持していました。

後涼滅亡後の河西回廊では、北涼と南涼が激しく戦い始めますが、周辺勢力も大きく変化が起こり始め、沮渠蒙遜と北涼にも道が開け始めてきます。

403年頃の勢力地図

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北涼の構造改革

南涼との戦闘が本格化し始める前に、沮渠蒙遜は北涼国内にもメスを入れます。

沮渠蒙遜の伯父の沮渠親信と臨松太守をやっていた同じく伯父の沮渠孔篤の二人は、君主の一族ということで驕り高ぶり好き勝手やって民衆を苦しめていたようです。

それに対して、

「我の法を乱すのは、この二人の伯父だ。」

とせまり、自害させました。

法を守らず、国内を乱すものは身内であろうとも容赦なく処断するという沮渠蒙遜の政治姿勢がよくあらわれています。

このような姿勢はのちのち国をよい方向に向かわせるでしょう。

逆に、南涼は身内の禿髪部のみを政権内で重要視し、漢族を信任しなかったので、漢族の支持を失ってしまい。それが滅亡の一因になったそうです。

404年、南涼が後秦に使者を送りみずから服属する

さて、404年になると南涼の君主・禿髪傉檀が後秦の勢力がまだまだ強力なのを鑑みて、名乗っていた涼王の称号と年号を廃して、後秦に服属します。

一応、名目上はこれで、南涼は滅亡したことになるのですが、集団としては元のままの状態です。

この服属は、現状姑臧周辺を実行支配する後秦の懐に入り、より深い仲を築くことにより姑臧獲得を狙っていくという禿髪傉檀の狙いであったようです。

北涼 vs 南涼 河西での2つの「涼」の激闘がはじまる

後涼が滅び、後秦も以前ほどの精強さに限りが見えて来た頃、河西の地では沮渠蒙遜率いる北涼と、禿髪傉檀率いる南涼との戦いがはじまります。

406年南涼が北涼を攻める

まず406年6月に南涼が北涼に攻め込みます。

この前年の405年に北涼の西の割拠する西涼が酒泉に遷都をし、より東に国の重心を遷してきます。このことは東隣りの沮渠蒙遜の北涼にとってはかなりの圧力になったと思われます。

禿髪傉檀はそのようなパワーバランスを見て北涼への攻撃をはじめたのではないでしょうか。

攻められたほうの沮渠蒙遜は、籠城し守りを固める戦術を取ります。

自分から攻めたときはちょこちょこ負けていますが、守戦にはめっぽう強い沮渠蒙遜です。おそらく南涼としてもつけいる隙がなかったのでしょう。南涼軍は張掖の南東あたりにある赤泉まで来たところで軍を返します。

南涼、後秦から姑臧の駐屯を認められる

禿髪傉檀は、北涼へ攻撃をしかけたあと、馬3千頭、羊3万頭を後秦に献上します。後秦君主の姚興は、この禿髪傉檀の忠誠に応え、禿髪傉檀を都督河右諸軍事・車騎大将軍・涼州刺史に任命して、なんと姑臧への駐屯を認めます。

一兵も損なうことなく、後秦服属中とは言え念願の姑臧を狙い通りに手に入れた禿髪傉檀、なかなかの男です。

この禿髪傉檀の姑臧駐屯に関しては、後秦内でも反対意見が出て揉めるのですが、禿髪傉檀は元の城主・王尚に「オラッ」とせまり、半ば追い出すかたちで姑臧から出し、さっさと入城しました。

南涼絶好調モードに入り、北涼はまだまだ微妙な状態

これにより、禿髪傉檀は念願の姑臧を手に入れ、南涼は後秦の形式上は服属下でしたが、実質は独立しているのと変わらない状態で、絶好調モードに入っていきます。

沮渠蒙遜は、南涼に差をつけられた感じですが、翌年の407年に後秦の支配地オルドス(河套)で大きな動きが起こり、それが沮渠蒙遜と北涼の今後にも多大な影響を与えるのです。

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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)

川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』『資治通鑑』
来村多加史『万里の長城 攻防三千年史』 (講談社現代新書、2003年7月)


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