こんにちは。
前回は、五胡十六国時代401年~410年までの華北西部の動きを書きました。
後秦が名君・姚興の下、領土が最大まで広がりますが、407年にオルドスで赫連勃勃が夏を建国して自立し、409年には服属していた西秦も復活してしまい、河南方面も東晋・劉裕から圧力をかけられて、領域を割譲するということになります。
北魏は402年の「柴壁の戦い」で後秦軍を壊滅させ、後秦との力関係を逆転させ、さらに勢いを増します。
しかし、409年に君主の道武帝(拓跋珪)が暗殺されてしまい国内に動揺が走ります。
華北西部がこのような状況のとき河西回廊のあたりはどのような興亡が繰り広げられたのでしょうか。
ここもやっぱりカオスです。
後秦の動きも絡んできますので、華北西部編で書いたとこも重複して出てきます。
今回は401年~410年の河西回廊の動きを書きます。
以下、五胡十六国時代後期に登場するプレイヤー(国)たちです。
【関東エリア】
西燕、後燕、南燕、北燕、翟魏
【北の塞外エリア】
夏、北魏
【関中エリア】
前秦、後秦
【西の果てエリア】
西秦、後涼、南涼、北涼、西涼、後仇池、吐谷渾
【その他】
東晋、後蜀(譙蜀)
※400年までに滅びた国は塗りつぶしています。
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401年~410年
河西回廊
河西回廊では、まず呂光が386年に北涼を建国しますが、397年に南涼と北涼が後涼から独立をします。
さらに西涼が400年に北涼から独立をし、401年の始まる頃は、河西回廊に「涼」を名乗る国が4カ国同時に存在していました。
後涼が滅亡
淝水の戦いのあと、河西回廊で一番はじめに建国した後涼は、一時は河西回廊全体を支配していましたが、国内で反乱が起こったり、西秦との衝突が続き、まったく安定していませんでした、そのうち397年に北涼と南涼が自立し、領土が激減してしまいます。
401年に後秦から攻められ降伏し、403年7月に南涼と北涼から挟撃され、後涼君主・呂隆は後秦の長安に亡命します。
ここに後涼は滅亡しました。
後秦が河西回廊での支配力を強める
後秦は400年に隴西の西秦をいったん滅ぼしたあと、河西回廊にもちょっかいを出していき、前述のように401年に姑臧を攻撃し後涼を屈服させ、403年に南涼と北涼の攻撃により、後涼君主が亡命、後涼が滅びると、後秦は姑臧を支配します。
河西回廊でも一番の重要都市である姑臧を支配した後秦は河西回廊の直接支配をはじめます。
西涼・北涼・南涼が後秦に入貢し、さらに404年には南涼が臣従してきました。
実は南涼はここでいったん滅亡します。(形式上ですが)
南涼の復活と、南涼vs北涼の対決
上述のように、南涼は後秦に服属し滅亡していたのですが、君主の禿髪傉檀(とくはつじょくだん)は後秦に服属しつつ動きます。北涼をさかんに攻撃するなどし、また、後秦の姑臧に圧力をかけます。
後秦が姑臧を維持できなくなると禿髪傉檀は、後秦から姑臧の領有を認められ、首都を楽都から姑臧へ遷都します。
こうして河西東部を支配することに成功します。一応まだ後秦の支配下のようです。
南涼はこのころがピークであったようです。
このあと南涼は、北涼の西に位置する西涼と結び、北涼と対決していきます。
南涼と、沮渠蒙遜(そきょもうそん)率いる北涼は、406年、407年、409年と立て続けに衝突します。
徐々に北涼が優位になっていき、410年に南涼の姑臧を包囲するまでになります。このときは北涼軍はいったん退却をしてます。
西涼は南涼と同盟し北涼と対決する
北涼は、400年に李暠(りこう)が敦煌で西涼を建国し独立してしまったため西の領土を失います。
ちなみに敦煌を本拠地とした政権は西涼がはじめてだったようです。
401年には酒泉、涼寧も西涼のものとなり、酒泉以西が西涼にとられてしまい、北涼の領土はいったんミジンコのように小さくなりますが、謀将・沮渠蒙遜はここから巻き返していきます。
前述のように、西涼と南涼が結び挟み撃ち状態ながら、南涼との激突を続け、410年に南涼の姑臧を攻撃するなどし、411年には姑臧を獲得することに成功するのです。
北涼が河西東部のイニシアチブを握っていく
後涼が滅びたあと、河西回廊では後秦の勢力も衰え、南涼、北涼、西涼の3国が争うようになります。
序盤は西涼に領土を削られ、南涼&西涼同盟に挟み撃ちにされ、不利な立場にあった北涼ですが、410年ころになると巻き返しにはかるようになります。
そして、411年以降は沮渠蒙遜が本領発揮となりますが、それは次回以降書きます。
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