五胡十六国時代 前燕の落日⑫ 四代目慕容暐 ~「枋頭の戦い」その2 桓温の参謀・郗超について~

中国史

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桓温は第三次北伐を開始するにあたり、自らの権力を更に強化するために、平北将軍・都督・徐兗二州刺史であり、北府軍を統括していた郗愔を事実上左遷させます。そして桓温は郗愔が任命されていた「平北将軍・都督・徐兗二州刺史」をも兼ねて、郗愔が去った北府軍を自ら引き受け、東晋の軍事力はほぼ桓温の支配下になりました。

今回は北伐の軍事行動について書く前に、北府軍糾合の立役者で桓温の参謀である郗超について書きます。

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桓温の参謀、郗超

さて、桓温が郗愔を追い落とすときに活躍したのは郗超という人物です。

彼は郗愔の息子であり、追い落とすときに使用した郗愔の偽の手紙も、息子である郗超がいたからこそ作れたのでしょう。

実の息子が親父を追い落としたことになり、郗超も桓温に利用されたのではないかと思っていましたが、郗超は桓温の懐刀というべき存在で、この後も桓温のために数々の謀略・戦略を献策していきます。さらにはのちに桓温のために東晋皇帝の廃立と簒奪を積極的に画策していくように、文字通り桓温の腹心でありました。

祖父・郗鑒が創設した北府軍を桓温へ譲り渡す

郗超は、人格的にも才能的にも優れた人物で、元々は会稽王・昱(穆帝、廃帝、哀帝の三代に渡り東晋朝廷の首班であった人物。清談の名手で自らは無欲であったが、政治的能力はからっきしであった)の幕僚でありましたが、会稽王からは重要されませんでした。

郗超の祖父は、郗鑒(ちかん)という人物で、東晋建国時に北方からの流民をまとめて、建康の東晋政府のために大きな働きをした人物です。東晋建国時の傑物の一人であると思います。郗鑒がまとめていた集団が北府軍団の基となりました。北府軍団の創設者と言ってもよい人物でしょう。

郗超は祖父が作り上げた北府軍団が、今や会稽王・昱をはじめとする惰弱で無能の建康政府の貴族どもの政争の道具に利用され、あまつさえ建康政府が主催しての北伐を起こすたびに失敗していた状況に我慢ができなかったのでしょう。

そこで郗超は当代の傑物である桓温に北府軍団も統べさせ、もともと桓温が統べていた西府軍団との両軍団を桓温の手中に収めさせ、その軍事力をもって北伐を成功させ、桓温を皇帝に登らさせしめるということを考えてたのではと思います。

さて、桓温は参謀の郗超ははじめ、江州刺史・桓沖、豫州刺史・袁眞などを率い5万の兵で前燕に攻め入ります。

ただこの北伐では、桓温は郗超の献策をことごとくしりぞけます。

【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)
川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
金民壽「桓温から謝安に至る東晋中期の政治ー桓温の府僚を中心としてー(『史林』75巻1号、1992年)
『晋書』『資治通鑑』

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