五胡十六国時代 前燕の落日⑩ 四代目慕容暐 ~慕容評、慕容評、ああ慕容評・・・~

中国史

こんにちは。

367年、前秦国内に、一族による4箇所同時反乱が起こり、大混乱に陥ります。前燕では、これを機に前秦に攻め込んでしまえという意見が多く出ます。

魏尹の慕容徳も具体的な侵攻作戦を提示し皇帝・慕容暐に上奏します。慕容暐も大喜びでその意見に賛成するのですが、時の権力者、慕容暐は頑なに前秦への攻撃を拒否します。

368年ころの地図。燃えてるところが前秦国内で反乱が起こった場所

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陝城の苻廋、前燕からの援軍が無く、焦りまくる

さて、前秦国内の4反乱の一つ、陝城の苻廋の反乱です。

陝城は、今の三門峡市で、前燕支配下にある洛陽と、当時の前秦の都・長安がある関中にいたるルートの途中にあたります。よって、前燕との国境に近い場所であり、ここを失うと前秦としては一気に関中まで攻め込まれてしまう危険性がある超重要な場所でした。

その地を治める苻廋は、反乱を起こしたあと、前燕に降伏する意思を示しており、前秦の討伐軍が来ても、必ずや前燕から援軍が来るであろうと思っていました。

ところが待てど暮らせど前燕軍が現れる気配はありません。これはやべえと焦って、慕容垂と皇甫眞に手紙を送ります。

「苻堅と王猛は人傑です。そのうち燕国に禍をもたらすでしょう。今もしこの絶好の機会を逃すことになれば、燕国の君臣ともに『甬東の悔』になるでしょう。」

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ちなみに「甬東の悔」は、春秋時代に、呉王夫差が越王勾践に破れ、甬東(舟山群島)に島流しを言い渡されたとき、以前夫差が勾践を破ったときに伍子胥の進言を聞き入れず勾践を殺さなかったことが今の状態を生んでいることを悔い自殺した、という話です。

慕容垂と皇甫眞、残念がる

慕容垂は、手紙を読み、ひそかに皇甫眞に言います。

「まさにいま燕国にとって禍となるのは必ずや秦国である。皇帝陛下はまだ若くて、まだ自分の心に政事を留めることができない。そして、太傅(慕容評)の才をみるに、とても苻堅と王猛に太刀打ちすることはできないぞ。」

皇甫眞も答えて言います。

「そのとおりです。繞朝(春秋時代の秦の政治家。士会の才能を見抜いた)も言っているように、謀があっても、実行するものがいなければ、どうしようもないですな。」

このような諦めムードが前燕国内に流れ、結局前秦国内の混乱を機会とした侵攻作戦は行われずじまいでした。

ちなみに慕容垂と皇甫眞は、前述慕容徳の上奏のなかでの前秦侵攻戦でも、三軍のうちの二軍を率いる将軍として挙げられているように、当時の前燕の二大司令官であったのでしょう。

苻堅と王猛は、368年のうちに国内の各反乱を鎮圧し、前秦は危機を脱するとともに、前燕も好機を逃すのでした。

慕容評の判断は?

さて、慕容評は、この好機をふいにする判断を行い、さらに、このあと戸籍隠しの常態化を改善する政策をおしすすめ前燕国の収入を劇的に高めた悦綰を暗殺する行為をします。慕容評も含めた既得権者たちの利権が奪われたことの恨みもあったでしょう。

このような動きをした慕容評は、晋書などでも前燕を滅亡に追い込んだ第一人者として書かれています。慕容恪が死ぬ頃の記述から急に慕容評へのディスりがひどくなってくる気がします。

ただ、前秦への侵攻をしなかったという面だけを見ると、当時の状況としては必ずしも間違いではなかったとも思われます。

なぜなら、前燕は慕容儁から慕容暐の時代にかけて、遼東・遼西から侵攻を開始し、華北東半分に一気に勢力を広げていきましたが、その支配は前秦と同じく万全ではなかったでしょう。しかも、洛陽を獲得する前後は東晋とバチバチの戦いを繰り広げてきました。しかも東晋には、桓温という傑物が虎視眈々と北伐を狙っていまいた。

そのような状況で、西の前秦に兵を向けてしまうことは、国力的、周囲の状況的にもかなり危険な動きではなかったのではと思います。

おそらく西と南の二方面作戦は当時の前燕としては厳しかったのではと思います。

それを見越しての慕容評の判断であったのだったら、その名将ぶりは健在だったでしょう。

しかし!

前秦侵攻戦を行わず、国力を損なわずにいたにもかかわらず、この直後には桓温の第三次北伐を受け、さらにその直後に前秦からの大侵攻を受け、国が滅びるという状況に陥ります。

二方面作戦を行わず静観していたにもかかわらず、逆に二方面から攻められているじゃんかよ。

と激しく突っ込みたくなる状況になるわけです。

結局二方面から攻められるんだったら、東晋に前秦侵攻の隙をつかれるリスク冒しても、あのとき前秦を攻めてればよかっただろと思ってしまいました。

「枋頭の戦い」へ

この2年後には前燕滅亡という結末になってしまうのですが、その前に、東晋の傑物・桓温の侵攻をしりぞけ、慕容垂の名を中華に知らしめた「枋頭の戦い」が起こります。

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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)
川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』

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