東晋

石勒

石勒 五胡十六国時代の黒き英雄王 第三部「石勒の河北争奪戦」⑨ 317年~318年 司馬睿の即位と漢の内乱

こんにちは。 河北で勢力を広げていた石勒は、316年に晋の残党勢力の一人・劉琨を攻撃します。 劉琨も今はなきマブダチ・拓跋猗盧の残党軍を使い迎撃しますが、石勒の前に敗退、劉琨が治めていた并州北部のエリアは石勒に降っていき、劉琨は段部の段匹磾...
前秦

苻堅前夜 ~前秦建国物語~ 前秦救国の英雄・苻雄

こんにちは。 氐族の苻氏は、後趙の内乱からの華北大乱の隙きをつき、河北エリアから関中への侵攻を行います。 そして350年10月長安の攻略に成功し、351年1月に苻健が天王・大単于に即位し、「大秦」を国号とし、「皇始」と改元します。 前秦の建...
冉閔

五胡十六国時代 魔王・冉閔の冉魏建国記 滅亡編①

こんにちは。 後趙君主、大魔王・石虎の養孫として石氏に仕えていた冉閔(当時は石閔と名乗っていた)は、後趙屈指の武将として、優れた武功を挙げていました。 大魔王・石虎が没したあと後趙は石氏一族が争う内乱状態に突入し、冉閔を味方につけたものが君...
冉閔

五胡十六国時代 魔王・冉閔の冉魏建国記 地獄への飛翔編⑤「後趙の内乱&東晋の北伐その1」

こんにちは。 後趙は大魔王・石虎の死後、内乱の火の手があがります。 太子であった石世が跡を継ぎますがまだ子供でしたので、石世の母親・劉太后と張豺が後趙の権力を握ります。 しかし、長安に向かっていた石虎の息子の一人石遵が長安への道程の途中で、...
五胡十六国の流れ

五胡十六国時代 後期(淝水の戦い後)の流れを簡単に見てみる  「時代はまさにカオスだ(´Д`)」 ⑨411年~420年 夏の侵攻や、後秦の滅亡

こんにちは。 前回までに、401年~410年までの五胡十六国時代後期の動きを、 華北東部編 華北西部編 河西回廊まわり編 に分けて書きました。 華北東部では、北魏の河北侵攻により、後燕が割れて、後燕の北部分が遼西・遼東に逃れ、南部分が南燕を...
中国史

五胡十六国時代 前燕の落日㉔ 四代目慕容暐 ~前燕滅亡への道~ 前燕の臣たちの状況分析1:梁琛

こんにちは。 枋頭の戦いで東晋の桓温をしりぞけ、前燕の国難を救った慕容垂が、慕容評と太后・可足渾氏の悪徳ゴールデンコンビの魔の手から逃れるために、前秦へ出奔したのが前回まででした。 前燕のかつての都・龍城でほとぼりを冷ますつもりが、息子の裏...
中国史

五胡十六国時代 前燕の落日⑲ 四代目慕容暐 ~慕容垂の出奔 その1~ 慕容評と対立

こんにちは。 「枋頭の戦い」シリーズが終わり、慕容暐の話に戻ります。ただし相変わらず慕容暐自体はほぼ登場しません。 「枋頭の戦い」は、慕容垂の将才があらためて知らしめられた戦いでした。また、慕容垂以外にも慕容徳や慕容宙なども優れた指揮官であ...
枋頭の戦い

五胡十六国時代 前燕の落日⑱ 四代目慕容暐 ~「枋頭の戦い」その8 慕容垂の追撃戦。枋頭の戦い決着!! ~

こんにちは。 前燕は、慕容垂指揮の元、慕容徳が譙梁エリアの石門を制圧し、東晋軍の糧道を断つことに成功します。 また慕容宙の釣り野伏せなどで、譙梁エリアの東晋軍に打撃をあたえます。 桓温は、戦況の思わしくないことと、糧道が断たれ食料が不足にな...
枋頭の戦い

五胡十六国時代 前燕の落日⑰ 四代目慕容暐 ~「枋頭の戦い」その7 見事なる慕容の用兵 ~

こんにちは。 前燕は、総司令官を慕容垂に交代し、桓温率いる東晋軍に反撃を試みます。 慕容垂、およびそのブレーンたちは、東晋軍の弱点が兵站線の細さであると見抜き、その切断を行い、それにより退却する桓温軍に追撃戦で打撃を与えるプランを立てます。...
前燕

五胡十六国時代 前燕の落日⑯ 四代目慕容暐 ~「枋頭の戦い」その6 慕容垂の出陣~

こんにちは。 桓温率いる東晋軍が、前燕の首都・鄴からさほど遠くない枋頭の地に着陣し、前燕の朝廷では遷都も辞さないほどの大混乱に陥ります。 そのタイミングで、慕容儁、慕容恪の弟、慕容垂が皇帝・慕容暐に自分を迎撃の司令官に抜擢するように奏上し、...
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