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表向きは友好国の前秦による、前燕攻撃準備の臭いを嗅ぎ取った前燕の臣・梁琛や、皇甫真の再三に渡る警鐘を抜群のスルースキルでかわしていく慕容評でしたが、この男が全権を握っているあいだに、華北の強豪国・前燕の国内の状況は乱れに乱れていきました。(ただし、その芽は先代慕容儁や、慕容恪執政時代から、まかれていたと思われます。)
今回は、前秦侵攻直前の、前燕国内の乱れを尚書右丞・申紹の上疏を中心に見ていきます。
前秦とともに華北の半分を支配する大国前燕の内部がいかにボロボロだったかよくわかります。
こんな状態で、苻堅と王猛がいる前秦がとなりにいたら、まあ国は滅びるだろうなと思います。
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五胡十六国時代を描いた小説。前燕の慕容垂、慕容徳、慕容評も出てくるぞ↓↓
慕容評と太后・可足渾氏がやらかしまくる
さて、このとき、前秦から石越という人物が使者として前燕を訪れます。
慕容評は、豪華な物品や金などの贅沢品を全面に押し出し、前燕がいかに富んでいるかをアピールしようとします。
しかし、高泰や太傅参軍河間・劉靖は慕容評のこの対応を諌めようとします。
「石越はでたらめばかり言っており、遠くを視ています。やつは、友好の使者ではなく、我が国の隙きを見つけようとして訪れたのでしょう。ここは、軍の意気盛んなるところを見せて、やつらの出鼻をくじいてやりましょう。今、贅沢な様を見せてしまえば、やつらはますます我らのことを軽んじますぞ。」
しかし神レベルのスルースキルを持つ慕容評はこの意見にも従いません。
このことにより、高泰は病と称し官を辞してしまいます。
高泰は、元々慕容垂の部下であったことから、慕容垂出奔後、免官されていたのですが、申紹の推挙で尚書郎として復帰していました。しかし、今回のことで慕容評に幻滅して職を辞してしまいました。
こののち、前秦の苻堅や王猛からも高い評価を受けていますので、優秀な人物だったのでしょう。
このような優秀な人物が職を辞してしまう状況に前燕はなっていました。
そのような状況に並行して、太后・可足渾氏が国政に口を出し混乱に拍車をかけていきます。また、お金大好き慕容評は、銭金を貪って飽きることがありませんでした。
トップがこのような状況ですので、賄賂をもらうことが上流階級にはびこり、官職につくためにも才能ではなく賄賂がものを言うようになり、国内に不満や恨みが蔓延していきました。
ここに至り、尚書右丞の申紹が国内の状況を分析し改善を求める上疏を行います。
尚書右丞・申紹
申紹はこのとき尚書右丞です。尚書右丞は、尚書の補佐官や尚書省のナンバー2にあたるような役職でしょう。
申紹の父、申鍾は後趙の石虎や、冉魏の冉閔に仕えており、どちらの国でも国の中枢のポストについています。前燕の鄴攻めのときに鄴に滞在しており、鄴陥落とともに前燕に捕まり、そのまま慕容儁に仕えました。
また、弟の申胤は、枋頭の戦いのときに、慕容垂のブレーンを封孚とともに務め、戦況の分析などを行い、慕容垂の勝利に貢献しています。
優秀な文官一族だったのでしょう。
申紹の上疏
さて、前述のような慕容評と太后・可足渾氏の悪政により前燕国内が乱れてきたので、申紹は、その問題点を、最近の「主宰(地方長官)」のあり方についての話をメインに上疏を行います。
その内容はまとめると以下のようになります。
まずは国の問題点を出します。
●守宰(地方長官)は、国を治める土台となるべき役職であるが、最近は人材を得ていない。
軍隊上がりの武臣や、貴族の子弟がスライドして守宰になっており、郷里からの選出になっていない。朝廷の職ですらそのような状況である。
●功績のない者を昇格させ、さぼっている者にも刑罰を加えず、行いがよいものに報奨を与えていない。
●このような状況が続き、百姓が困り果て、盗賊がはびこり、綱紀が乱れている。
●官吏の数は多くなっており、先代の時代を超えた。さらに公私の区別が乱れに乱れきっている。
●前燕の人口は、東晋、前秦の人口をあわせたほどあり、その軍は精強で、四方に並ぶものはいない。しかし、最近はしばしば戦争に負けている。これは、守宰(地方長官)の年貢の取り立てが不公平で、他人の領分をも侵すことをやめないので、兵たちを行軍をやめ、国に懸命に尽くすこと肯んじなてないのが理由だ。
●後宮の女は4千人以上おり、その召使いなどを入れるとさらに多くの人数がいる。一日にかかる経費は莫大な金額にのぼる。
●士民も後宮の風潮を受け、贅沢を競い合っている。
●あの前秦や東晋ですら筋道の通った統治をしており、虎視眈々と、天下を治めんとしている。しかし、我らは上下ともに改めようとせず、日毎に秩序を失っている。我らの国が治まっていないことは、前秦と東晋の願いである。
そして、解決策として下記を出します。
●守宰(地方長官)を選ぶときは人材を選りすぐって選ぶのがよい。
●官吏を減らし朝廷をスマートにする。
●軍をいたわり、公私ともに浪費を減らし節約し、物を大切にする
●功があるものを必ず賞し、罪があるものを必ず罰する。
このようにすれば、桓温と王猛の首を晒すことができ、国境を守るだけでなく、東晋と前秦の二国を併呑することも可能であると伝えます。
公平へ登用を行い、信賞必罰をしっかりと行い、小さな政府にしましょうということですね。
また、国防の戦略も挙げており、下記のような内容でした。
●代の拓跋十翼犍は病が重く、貢納が少なくなっているとはいえ、これを気にすることはない。遠征をして代を攻めても、大損するだけで、何も利益がない。
●并(今の山西省北東部エリア)に軍を進めるのはよい選択肢でない。
●それよりも、西河の地を抑えて、南に壺関を固め、北に晋陽を重要とし、西から敵が攻めて来ても、これを防御し、後方を絶つのがよい。無用の地を軍隊に守らせるより、よい策である。
素晴らしい上疏の内容だが、受け入れられず
この上疏を見るに、国の問題点とその解決策、今後の国防戦略を示した、見事な内容です。
また、いかに前燕国内の社会矛盾がひどくなっていたかがよくわかります。
また、国防戦略は、北の蛮族などは今はほっといてもよく、それよりも西に備えるべきという方針を出し、前秦に注意すべしという梁琛と皇甫真の意見とまったく同じです。
しかも、壺関、晋陽を重要視して守ることは、皇甫真の上疏内容と同じで、いかにこの地が対前秦で大事だったかわかります。
ちなみに西河は、晋陽エリアと、前秦の領土・平陽との間に挟まれた、対前秦戦では最前線にあたるエリアになります。
しかしこれだけ的確な上疏にもかかわらず、神スルーの慕容評には受け入れられることはありませんでした。
そして、このあと、前秦の攻撃が現実のものとなります。
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【参考文献】
三崎良章『五胡十六国、中国史上の民族大移動』【新訂版】(東方書店、2012年10月)
川勝義雄『魏晋南北朝(講談社学術文庫)』(講談社、2003年5月)
『晋書』『資治通鑑』
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