城を巡る(関東編)① 小田原城

歴史

戦国ナンバーワン城

歴史好きな私ですので、もちろん日本の城も好きで、旅行のときに行ったり、時間があるときにぷらっと城巡りをしております。

関東エリアの城は、西日本で生まれ育った自分から見たら、名前は知  ってるけど、身近な存在ではない歴史スポットです。

そして、自分の中で、関東を代表する城と言えば、北条氏の居城として、かつ戦国時代を代表する難攻不落の城として名を馳せた小田原城でした。武田信玄と上杉謙信という戦国を代表する名将に攻められてびくともしなかったという事実は、戦国時代ナンバーワンを名乗ってもおかしくないだろうと思います。

はじめて行ってから、その後もちょこちょこ行ったりしてて、もう7,8回は訪れたと思います。訪れた回数だけで言えば、西の姫路城、東の小田原城です。

小田原城

小田原城は、北条早雲が大森氏から奪い、その後、五代約100年間、北条氏の本拠地として存在しました。(北条早雲は小田原城を奪ったあとも伊豆の韮山城に住んでいたそう)

現在の天守閣

小田原城は、現在、戦後に復元された天守が新幹線からも見えますが、この天守と天守があるエリアは、江戸時代の小田原藩の城になり、戦国時代の北条氏の城のほんの一部分になります。(諸説あり)

北条時代の小田原城

戦国時代の北条氏の城のメイン部分は、海側からみて天守の裏側にある八幡山のエリアになります。現在は、丘のような山に住宅地があったり、学校や公共の建物があったりしますが、ところどころに北条氏時代の遺構が残っており、歴史好きにはたまらないエリアになります。中でも一番の見所は、小峰の大堀切というかなりの大きさの空堀跡です。空堀内を歩くこともできます。その他にも土塁や堀などの跡も残っていたりします。

小田原城と言えば、城自体も大城郭なのですが、その城と小田原の町すべてを取り囲んでいた惣構(そうがまえ)も有名です。八幡山から海側までを含むエリアを囲んでいて、総延長9キロの長さがあったそうです。

中国の城市と違って、日本では町全体を囲むということはあまりなかったので、この総構えを含め小田原城が戦国一の難攻不落のイメージが強い理由ではないかと思います。

 

 

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