三国志

パリピ孔明

この歴史(?)漫画がおもしろい! 「パリピ孔明」 現代日本に転生した諸葛亮孔明の知略がハンパね

こんにちは。 今回は、最近読んでおもしろかった漫画を書きます。 『パリピ孔明』(ヤンマガKCスペシャル) 四葉 夕卜 (原著), 小川 亮 (著) です。 パリピ孔明(1) (コミックDAYSコミックス) この漫画...
中国史

五胡十六国時代 前燕の落日⑦ 四代目慕容暐 ~慕容恪亡き後の前燕、東晋と荊州北部を争う~

こんにちは。 洛陽攻略までの前燕を率いた、まさに支柱というべき慕容恪が367年に死去します。 慕容恪は、臨終の前に遺言として、自分のあとは、呉王・慕容垂に継がせるように伝えます。 慕容垂は、慕容皝の第5子で慕容儁、慕容恪の...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑰ 慕容恪の広固攻略

段部の段蘭の息子段龕は350年に後趙が混乱しているあいだに、青州(山東エリア)に部人たちを率いて南下していき、広固という街で割拠し、斉王を名乗ります。そして、健康に使者を送り、服属をします。 前燕が、鄴を落とし、河南方面へ経略を進める...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑭ 前燕軍、冉閔を打ち破る

こんにちは。 350年1月、20万の大軍を動員した前燕の華北侵攻がはじまります。 このとき華北は、後趙の跡目争いを発端として、混乱の極地にあり、冉閔が鄴で即位し冉魏を建国し、後趙の石祗は襄国に拠り冉閔と対立している状況です。 ...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑬ 慕容儁、20万を率いて中原侵攻を開始する

こんにちは。 前燕は、慕容皝が死に、慕容儁が燕王の位を継ぎます。349年に後趙の石虎が死ぬと、後趙は、後継者争いから大混乱に陥り、冉閔が魏の国を興すなど大乱が続きます。 慕容儁はこの後趙・冉魏の大乱の隙をつき、華北の征服を図りま...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。前燕の名将・名臣を挙げてみる① 慕容廆の時代

こんにちは。 前燕について書いていくと、伸びている国には多くの名将・名臣が出てくるのだとあらためて思います。 前燕が遼東・遼西を統一して、中原を伺おうかという時期までに出てきた名将・名臣たちをまとめてみたいと思います。 五...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑪ 遼東・遼西の完全支配の成功と慕容皝の死

こんにちは。 亡命していた慕容翰が帰還し、後趙の幽州付近の防備体制の隙をつき、長駆し薊の城を超え、高陽の街に至るまで進出し、3万戸を略奪し人民をさらいました。 高陽というと、幽州を通り越し、冀州にある街です。「長駆」というだけあ...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く ~東北からの疾風、前燕の中原侵攻~⑩ 慕容皝、中原への進出を図る

こんにちは。 後趙の石虎率いる数十万の軍に本拠地棘城を囲まれながら、息子の慕容恪の活躍などで後趙軍を撃退し、その勢いのまま、前燕の西に勢力をもっていた段部を壊滅させ、その領土を支配することに成功します。 これにより、前燕の国境は...
中国史

五胡十六国時代の覇権国家、後趙を描く④ 後趙の滅亡

石勒死後の後継争い 石勒が331年7月に病死したあと、息子の石弘が即位します。しかし、石弘は生来おとなしい性格であったらしく、石勒の華北制覇に大きく貢献した石虎に頭が上がりませんでした。石虎は自身の軍事力をベースに石弘を廃立し、334年1...
中国史

中国史上最大級の戦乱の時代、五胡十六国時代。その各国の攻防を描く 成漢②

李雄の巴蜀制覇 李特戦死後、李流を経て、李雄の息子の李雄が勢力を引き継ぎます。 李雄は羅尚を攻めて、成都を制圧し、304年10月に成都王を称します。その後306年6月には皇帝に即位し、国号を「大成」とします。この動きに平行して、李雄...
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