中国史

北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜⑧ 後涼の滅亡

こんにちは。 401年に沮渠蒙遜が北涼の君主の座を奪い取ったあと、北涼国は滅亡まであと一歩のがけっぷちに追い込まれます。 酒泉、涼寧の2つの郡が裏切り西涼につき、領土が張掖周辺の狭い範囲まで減ってしまい、周囲を西の西涼、東の後涼、南東の南涼...
北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜⑦ 北涼が滅亡寸前になる

こんにちは。 401年、沮渠蒙遜の鮮やかなクーデターにより、従兄で一緒に北涼を立ち上げた実力者・沮渠男成と、北涼君主の段業を一挙に倒し、北涼という国は名実ともに沮渠蒙遜のものになりました。 沮渠蒙遜は6月に臣下たちに推されて、大都督、大将軍...
北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜⑥ 華麗で冷酷なるクーデター 沮渠蒙遜、愉快な仲間たちを屠る

こんにちは。 沮渠蒙遜が、段業、沮渠男成といった愉快な仲間たちと一緒に河西回廊の酒泉、建康周辺を領土に建国された北涼は、沮渠蒙遜の活躍もあり、後涼の首都で河西回廊の中心都市・姑臧がある武威郡との境にある西郡を攻略しました。 次いで、河西回廊...
北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜⑤ 北涼から西涼が独立

こんにちは。 五胡十六国時代、河西回廊の周辺では、後涼が反乱の連続で混乱に陥っていき、沮渠蒙遜たちの北涼が勢力を広げていきます。 北涼は、398年沮渠蒙遜の活躍で西郡という河西回廊東部の要衝を抑えることに成功し、そのあと、張掖・晋昌・敦煌と...
北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜④ 北涼が後涼の混乱の最中に勢力を広げていく

こんにちは。 383年の淝水の戦いの敗退によって、解体分裂が進んだ旧前秦領の中で、河西回廊は西域遠征から戻ってきた呂光が自立、姑臧(今の武威)を本拠に後涼を建国します。 しかし、呂光は君主としては出来がよろしくなく、さらに高齢により耄碌、老...
北涼・沮渠蒙遜

五胡十六国時代 河西回廊の魔法使い・沮渠蒙遜③ 沮渠蒙遜、愉快な仲間たちと国を作ってみた

こんにちは。 河西回廊の覇権国家となる北涼の沮渠蒙遜(そきょもうそん)を書くこのシリーズですが、河西回廊の地理や歴史を2回にかけて説明したので、肝心の沮渠蒙遜が出てきません。 しかし安心してください。 今回からようやく登場します。 河西回廊...
五胡十六国の流れ

五胡十六国時代 後期(淝水の戦い後)の流れを簡単に見てみる  「時代はまさにカオスだ(´Д`)」 ⑩420年~439年 最終回:北魏の華北統一

こんにちは。 前回、411年~420年を書きました。 華北東部の北魏と北燕はこの時代はとくに大きな動きがありません。 しかし、華北西部は、関中から河南まで領土を広げていた後秦が、東晋の劉裕によって滅ぼされてしまいます。 東晋は、この一連の流...
五胡十六国の流れ

五胡十六国時代 後期(淝水の戦い後)の流れを簡単に見てみる  「時代はまさにカオスだ(´Д`)」 ⑨411年~420年 夏の侵攻や、後秦の滅亡

こんにちは。 前回までに、401年~410年までの五胡十六国時代後期の動きを、 華北東部編 華北西部編 河西回廊まわり編 に分けて書きました。 華北東部では、北魏の河北侵攻により、後燕が割れて、後燕の北部分が遼西・遼東に逃れ、南部分が南燕を...
五胡十六国の流れ

五胡十六国時代 後期(淝水の戦い後)の流れを簡単に見てみる  「時代はまさにカオスだ(´Д`)」 ⑧401年~410年 河西回廊まわり編:「涼」がたくさん

こんにちは。 前回は、五胡十六国時代401年~410年までの華北西部の動きを書きました。 後秦が名君・姚興の下、領土が最大まで広がりますが、407年にオルドスで赫連勃勃が夏を建国して自立し、409年には服属していた西秦も復活してしまい、河南...
五胡十六国の流れ

五胡十六国時代 後期(淝水の戦い後)の流れを簡単に見てみる  「時代はまさにカオスだ(´Д`)」 ⑦401年~410年 華北西部編:北魏と後秦の興亡と夏の登場

こんにちは。 前回、401年~410年の華北東部を書きました。 後燕が北魏の攻撃により分裂し、北は後燕が滅び、北燕に取って代わられ、南は慕容徳が山東半島に南燕を建国しますが、東晋の劉裕に攻められ滅亡してしまいます。 北燕は小国ながら領土をキ...